1940年、三国同盟を結んだ国は日本、イタリアともう1つはどこ? #クイズ

1940年、三国同盟を結んだ国は日本、イタリアともう1つはどこ?

photo credit: M60 Tank via photopin (license)

こんにちは、ミッチーです。

クイズの時間で〜す。

問題と答えが続けて

掲載してあります。

ゆっくりスクロールして

楽しんでくださいね。

問題:1940年、三国同盟を結んだ国は日本、イタリアともう1つはどこ?

次の4つから

正解を選んで下さい。

イギリス
フランス
スペイン
ドイツ

さて、どれでしょう?

正解:クイズの答え

こたえは

ドイツ

でした。

日独伊三国同盟とは

日独伊三国同盟(にちどくい さんごく どうめい、独: Dreimächtepakt、伊: Patto tripartito)は、1940年(昭和15年)9月27日に日本、ドイツ、イタリアの間で締結された日独伊三国間条約(にちどくい さんごくかん じょうやく、旧字体:日獨伊三國閒條約)に基づく日独伊三国の同盟関係。第二次世界大戦における枢軸国の原型となり、その後複数の枢軸側に与した国や友好国も加盟した。引用:ウィキペディア

日独伊三国同盟の意味と意図

ポイントは日本・ドイツ・イタリア三国の攻守軍事同盟である点である。第2項の「現在交戦中でない他国」とは明らかにアメリカを指しており、要するにアメリカに攻撃されたときは三国は協力するという、アメリカを共通の仮想敵国としたのがその意味であった。またその意図も、日本が南進策をとり東南アジア方面に進出ることによってアメリカ・イギリスと対決せざるを得ないことを想定されたことにある。かつての日独伊三国防共協定は、ソ連共産主義に対する共同防衛がその目的であったが、この三国同盟はアメリカを仮想敵国としたものであった。実際日本は、この4日前にすでに北部仏印進駐を行い、南進の姿勢を明確にしていた。
そのためには、ソ連との良好な関係を保つ必要があるので、松岡洋右外相ははじめソ連を三国同盟に加えて、日独伊ソ四国同盟とする構想を持っていた。しかしそれはヒトラーの支持を得られなかったのであきらめ、単独でソ連と交渉して41年4月に日ソ中立条約を締結した。スターリンはドイツとの対決を不可避と考えていたので、日本との対立を不利と考え、それに同意した。引用:http://www.y-history.net/

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